フォト
2016年5月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ

読書

2013年4月11日 (木)

【読書感想】香山リカ著 「独裁」入門  

先だってのエントリーはいつもの「ですます」調じゃなく、趣を変えてみましたが、いかにも落ち着かない。テメエでもそう感じるんですから、読んでいるほうの皆さんも、座りが悪かったんではないでしょうか。慣れないことはするもんではありませんね。

ところで、香山リカ氏の『独裁入門』という本を読みました。

『田原総一郎(原文ママ)さん!!内田氏、山口氏、浜氏、中島氏、その他僕のことを大嫌いな大学教授と直接対決させてください!!』

『田原総一郎(原文ママ)さん、あと香山リカとか言う精神科医と、毎日新聞にしか出てこない何をしている人なのか分からない高村薫というと言う人も。香山氏は、一回も面談したことがないのに僕のことを病気だと診断したんですよ。そんな医者あるんですかね。患者と一度も接触せずに病名が分かるなんて。サイババか!』

― 香山リカ著 「独裁」入門 より引用

独裁というからには当然、ハシズム・橋下を念頭に置いた本です。
リカちゃんも、橋下に冒頭のように罵倒されてしまい、アッタマ来たー!と書き始めたように思いまして。さぞ、気持ちのいい、痛快橋下批判本だと思ったのですが、意外と控えめな印象でした。

香山リカ氏によると、橋下という特異なキャラクターは、どんなイシューに関してもまず、「対立の構図」をつくるということ。極端な【二者択一】を迫るやり方をとる政治家を絶大的に支持する、というそんな今の社会の構図が、【ボーダーライン・パーソナリティ障害】という「病理」にそっくりだという批評を大阪市長選に関する冊子に書いたところ、しばらくしてから橋下の攻撃があったそうで、冒頭の激怒面罵ツイートになるのです。

つまり、社会のありようが極端から極端へ振れる、人格障害の病理に似ている、と言いたかったところ、橋下から、会ってもいないのに、俺様のことを病気と診断しやがった!と逆ギレされたということが事の顛末だそうです。

まあね、なにも別に病気と判断しようがしまいが、橋下はテメエに批判を加える人間すべてが許せない敵であり、倒すべき対象になると思いますがね。それは個人団体に係らず、ありとあらゆるもの、オレ様を批判するとは何事か!ということになっているではありませんか。マスゴミにおいても、朝日だろうがゴミウリだろうが。
今は仲がいい人間でも、一度橋下を批判したら最後、徹底的に叩くんでしょうし。それが例え石原慎太郎であっても、とさえ思うほど。それが奴の攻撃的性格でしょう。

そしてテメエだけは、絶対間違いがなくて賢くて。ひとたび、これは違うと感じれば、激怒するパターンです。
それは【ボーダーライン・パーソナリティ障害】の端的な症状を見ると分かりますが、過去にも法違反の思想調査で、いったんしおらしく謝罪したかと思えば、その後の相手方の態度が気に入らないと、手のひら返しに激怒したり。或いは一度は収めた矛先の週刊朝日とのバトルなども、またもや蒸し返すなどという、これまでにもよくみられる、橋下の言動や行動が当てはまるように感じるんですが。

http://www5f.biglobe.ne.jp/~mind/griffin/borderline001.html

境界性人格障害(境界性パーソナリティ障害)の“認知・感情・行動”のパターン

「気分の波が激しく感情が極めて不安定なので、さっきまで理想化して褒めていたような人に対しても、何か自分に否定的な発言などがあると急に怒り出して、攻撃的な罵倒が止まらないほどに興奮してしまうこともあります。」

ネットで調べると、上記のような記述に出会いました。

たしかに香山リカ氏は、橋下を支持する人が増えている、そんな今の社会をそういう病理に例えましたが、でもしかし。橋下自身もかなりこれに類する人格の持ち主だということは、なんとなく、ですけど分かります。

2012年10月29日 (月)

読書感想 『橋下「大阪改革」の正体』

週刊朝日による「ハシシタ 奴の本性」という連載騒動は、まだまだ記憶に新しいところです。私が以前に読んだ本で、ジャーナリストの一ノ宮美成氏の著書、『橋下「大阪改革」の正体』という本を図書館から再度借りてきました。これは2008年の出版で、橋下が大阪府知事時代のもの。私はこれを09年に読んだのだけど、少し記憶が薄れて来たので、改めて読み返しました。

一ノ宮氏の橋下関連の著作では他に、「橋下「大阪維新」の嘘」、「橋下徹のカネと黒い人脈」というのがあるようです。
橋下はこの本にも反撃を加えたのだろうか。寡聞にして存じていませんけれど。

本の「はじめに」のさわりの部分を少し引用します。

(引用ここから)

橋下知事の政治手法は「スピード感がある」と評されることが多い。それは、「メディアの申し子」と自認する通り、彼自身が、政治や行政がメディアに左右されるという世相を的確に見抜いていたからに他ならない。
その代わり、世間の耳目を集めるため、嘘でもなんでも、ともかく毎日、発信し続けなければならない。しかし、それも、テレビという虚構の空間では通用するが、現実の社会に当てはまるとは限らない。事実、神戸大学の二宮厚美教授が、「これまで維新を名乗った改革で成功した例はない」(第7章参照)と指摘する通り、橋下知事が華々しく打ち上げた「関西州」の首都を見据えた府庁のWTC(大阪ワールドトレードセンター)移転も、府市水道事業統合も、早くも行き詰まっている。

この十一月二十八日、橋下知事は、国の公共事業に伴う都道府県の負担金について、「国に上納させられて、それこそ暴力団以上にえげつない」と、それこそ「えげつない」批判をしたが、これもまた世間の注目を浴びるための橋下流の暴力的なポピュリズム発言である。「自衛隊に体験入隊させて、あいさつや姿勢を学ばせたい」などと、権力を嵩に職員を恫喝するのも常である。その一方で、私学助成削減に反対する女子高生に「(嫌なら)日本から出るしかない」と言い放つなど、「冷酷さ日本一」である。そして、「嘘つき」でもある。

(引用ここまで)

橋下は、この頃はまだツイッターをしていなかったと思われますが、それでも「毎日発信し続けなければならない」と、ズバリ指摘されています。大阪府・破産会社論の“嘘”と題した、第一章からかなり辛辣な内容がずらりと並んでいます。
或いはまた、第四章の【「教育日本一」の知られざる舞台裏】は、この本の象徴的な項です。

私学助成金削減騒動では共産党府議の計らいで、高校生と意見交換会を開催しましたが、「嫌ならニッポンを出るしかない」などと、ネトウヨがよく使う物言いで女子高生を泣かせ「ニッポンは自己責任が原則だ」と、いつもの持論をぶち上げ「だったらあなたが政治家になって変えればいい」と相手(いたいけな女子高生)を、言い負かすためだけに言葉を弄び、論破したと、いい気になる行政のトップが何処ぞの世界にいるんだと思いますが。

他に府知事である橋下が、「このザマはなんだ!」と学力テストの調査結果で、大阪府が二年連続して低位だったことに激怒した辺りなど。
テストの成績だけを持って、教育日本一という橋下は学力テスト結果の公開を教育委員会に迫り、それに反対されると、「クソ教育委員会」と罵倒するさまなど、ああ、そんなこともあったな、と思い出すのです。反対勢力を血祭りに上げる手法をとる橋下。それだけは今も決してブレることがありません。

しかも、学力テストの結果だけが全てではないと、橋下自身も知事選の演説では、こう訴えているのです。

「先日の学力テストで、大阪は45位になった。これに対して、基礎学力の向上、基礎学力の向上とオウムのように繰り返している。僕は45位の順位、全く悲観していない。45位というが、平均点は71.9点なんです。大阪は68.4点と(平均点より)わずか3.5点低いだけで、なんでこんなに一喜一憂しなければならないのか。」
(「橋下大阪改革の正体より」~130P)

と言いながらです、「このザマはなんだ!」ですからね。
知事時代も市長の今も、コロコロ豹変するのが彼の芸風というか、お家芸なんでしょうな。私も忘れていたけれど、吹田市の府立国際児童文学館での職員の仕事ぶりなどを隠し撮りした件など、もうホント、騒動のオンパレードです。そして、財界との蜜月ぶり。
「橋下知事はかわいい人」と関西財界からエールを送られたなど、財界にとって都合の良い知事だという証左でしょう。

今回の「週刊朝日」で問題になった部分、「出自」についても、かなり詳しく紙数を割いています。「第三章 温存された乱脈同和行政の闇」という章では、「橋下知事の原体験」と題して、八尾市の同和地区で5~6歳まで育ったとか、ある人物の名前を言えば、地元の年配の人ならだれでも知っている「ある組織」に、実父は属していたと書いていますし、その実父はかなりの暴れん坊だったとか。その実父は名前を出せないので、その弟に水道工事会社をやらせていたとか。(この著書では八尾市の地区名も明記しています)かなり、詳しく書いています。

その人が辿ってきた経歴だとか環境は、こういう類の本では当然といえば当然なんでしょう。過去にこういう本が出ているのに、今回の週刊朝日の連載はこれと比べて、佐野眞一氏の筆はさらに辛辣だったから、それで橋下の逆鱗に触れたのでしょうか。地区名が特定される様な記述があった、という朝日新聞出版の謝罪要旨との違いはどこにあったのでしょう。ともあれ、この本を、今また読むことは橋下徹、その人を知るうえでも必要だ、という感じがします。

まあ、読後感想として。
この橋下という人物。野望も大きいのでしょうが、その野望の成就に至るまでの犠牲なのでしょうか、彼自身の身の回りで起こる批判や反論、それに付随するどす黒い怒りや、赤い怨嗟の真っ只中で、そんな日々を生活していて彼のその神経が休まることはないのだろうな、という風に素朴な感想を抱きます。とっても普通の人には真似ができないでしょう。
そういう意味では稀有な存在ではあるようです。