夏の不思議話を少しばかり
夏と言えば怖い話というのが通り相場。
世の中に、怖い話はゴマンとありますが、幽霊やお化けよりも、本当に怖いのは生きた人間だ、という話も。私もこの年になると、そうだなと最近つくづく思いますね。
特に自民党の政治家なんてね。
数日前、お気に入りブログの、憂き世の日々に埋もれて、たまには温泉へさんの記事で、すごく怖い写真を見ました(笑)。
これを見た後、「オカーチャーン!」と叫びたくなりました。
kabumasaさん、以来怖くて夜中トイレへ行けなくなったじゃありませんか。
どうしてくれるんですか(笑)。
話変わって、私がガキの頃、一度だけ不思議な体験をしていまして。今日はそれを書こうかなと。
暑い夏には少しばかりひんやりする話を。
おそらく昭和37年頃かな、夏のある日、銭湯へ行った。その頃は内風呂なんてほとんどの家庭にはなく、みんな銭湯へ行っていた。いわゆる「3丁目の夕日」の時代である。
で、銭湯から帰宅。その時番台で購入したシャンプーの空容器を持って帰った。当時5円ぐらいだったろうか。
んでもって、子供だから理由は分からないが、その空容器に水を入れキャップをして、投げ上げたりして遊んでいた。
形状はと言えば、そう、今で言うと餃子のお持ち帰りの際に貰うようなタレが入った、キャップのあるナイロンビニール製の容器と言えば分かってもらえるか。
あれの親玉みたいな大きさのもの。
畳の上に胡坐をかいて座り、アンダーハンドで天井に投げ上げて遊んでいた。
何が面白いのか、今となっては全く不明だが、かなり熱心にやっていた記憶がある。初めは天井板に「コン」と当てて落ちてくるのを、受けとめるということを繰り返してたが、そのうちに天井の板「すれすれ」に投げることに面白みを感じて、板に当たるかどうか、というところへ投げ上げることが楽しくなっていった。
当時の家は小さな借家で、天井の板というのは「桟」というのか、「根太」と言うのか知らないが、3センチ角ぐらいの棒状のものが何本か天井の隅から隅に渡してあり、その上に乗せるように、幅40センチ程の薄いベニヤ板を何枚か重ね合わせたような天井だった。
たまには「コン」と当たったりもする。だから何度も何度も当たらないように投げては、「すれすれ」を楽しんでいた。
その時、不思議なことが起こった。
「すれすれ」になるかどうかを見届けるため天井を凝視してるのだが、ベニヤ板の重なり合った箇所が少し動いたように見えた瞬間。
ナイロンビニール製のシャンプー容器が引き込まれるように消えた。
「えっ?!」と思ったが、いつまでたっても落ちてこない。立ち上がったけど天井には何の異常もない。
当時の身長は120から130センチくらいだろうか、立ち上がっても天井まではかなり距離がある。だからもどかしくなって「オカーチャーン!」と母親を呼んで事のなり行きを説明した。「ふーん」しばらく考えていた母親は天井を見上げつつ、台所へ戻って行った。
まあ私は、今も昔も馬鹿でボンクラ頭だけど、見間違えるということだけは無いと確信しているので、信じてもらうしかないんだけど。
本当に、忽然と消えてしまったのだ。怖いとは思わなかったけど「なんやろ」と呆然としてしまった。
今となっては何のことかよく分からないけども、確かにあの容器は消えてなくなり、ずーっと落ちては来なかった。
時空のはざまに消えたのか、次元の断層に落ちたのか。
怪奇というか不思議というか。
でもあんなナイロンビニールの空容器、タイムスリップしてもなー、何するんだろうか。
こんな中年オヤジになっても、時々思い出しては「あれはなんだったんだろう」と思うような体験である。
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