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2013年4月26日 (金)

憲法を勉強しなけりゃいけないワケ 

私ごとき、単なる市井のおっさんが、憲法を論じるなんて、随分おこがましいと云うことは十分に理解しているつもりです。
が、どうも、今度の夏の参院選は憲法が争点だと、アベシンゾーだとかハシモト、その他改憲派が喧伝しています。そしてまず96条を変えて憲法を改(悪)しやすくするのだ、という思惑みたいです。

『憲法ってさあ、なんか知らないけれど、法律の親玉でしょ?』っていう、そんな認識では奴らの思うつぼだと思うのです。
アベシンゾーやハシモトが言ってることを、“何でも反対だ”と言ってる訳にも参りません。それだと、バカにされるだけです。では、その改憲の是非を判断するうえでも、憲法なるものを勉強しなければなりません。

ヤバすぎだ、と話題に。自民党改憲草案対照表2012年

上記のサイトにアクセスして調べました。
ヤバすぎる、というよりも、つらつら読んでみて、自民党はこんなものを憲法だとして出して、我々は政権与党でございます、と平気な顔をしていられるもんだ、と率直な感想を抱きます。自主憲法制定が党是だとなんだとエラソーに言いながらこんなものです。

【現行憲法】

第十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

【自民改悪案】

第十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力により、保持されなければならない。国民は、これを濫用してはならず、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない。

【現行憲法】

第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

【自民改悪案】

第十三条 全て国民は、人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大限に尊重されなければならない。

まず二つを取り上げます。
文言に色付けや太字ボールドしてある部分に注目です。
現行憲法が【公共の福祉】という言葉を使っているのに対して、自民党改悪案では【公益及び公の秩序】という文言に書き換えられています。

同じじゃないの?と思う向きもあるかもしれませんが、憲法論においては大きく意味が変わってくるということです。私も偉そうに書いていますが、公共の福祉とは?とピンときませんでした。調べますとこうあります。

中高生のための憲法教室

第9回 <「公共の福祉」ってなんだろう?>

そもそも近代の憲法は、国家権力に歯止めをかけて、国民の人権を守るために生まれました。ですから、憲法は「人権保障の体系」であるということができます。そしてここで人権を保障される国民は、あくまでも個人として尊重されなければなりません。「個人の尊重」こそが憲法の基本的な価値なのです。

(中略)

私たちは憲法によって人権を保障されていますが、当然のことながら、他人に迷惑をかけることは許されません。たとえば、いくら私たちに「表現の自由」が保障されているといっても、他人の名誉やプライバシーを侵害してまで表現する自由が無制約に認められているわけではないのです。どのような人権であっても、他人に迷惑をかけない限りにおいて認められるという制限を持っています。

 私たちが社会の中で生活をしていく以上、ときに、「ある人の表現の自由vs別の人の名誉権やプライバシー権」のように、人権と人権は衝突します。そしてその衝突の場面においては相手の人権をも保障しなければなりませんから、自分の人権はそのかぎりで一定の制約を受けることになります。

 

 すべての人の人権がバランスよく保障されるように、人権と人権の衝突を調整することを、憲法は「公共の福祉」と呼んだのです。けっして「個人と無関係な社会公共の利益」というようなものではありません。また「多数のために個人が犠牲になること」を意味するのでもありません。

いい歳をしたオッサンが「中高生のための」というサイトでお勉強です(笑)。
しかし、よく勉強になりました。
遠い昔、ガッコで習ったんだろうか?こんな大事なこと。
私みたいなボンクラはすっかり忘れてしまっているのでしょうがね。

それはともかく。
近代憲法というものは、「個人の人権」が最大限に尊重されるという前提があるのだそうです。

考えてみればそうですね。
例えば憲法で言論の自由が保証されているからと言って、誰かの名誉を傷つければ、それは許されないことだと、誰もが皆が知っています。人権と人権が衝突する。そんな相反する権利があるからこそ、【公共の福祉に反しない限り】といった文言が必要になり、規定されているのだそうです。

そこで、自民党の改憲(悪)草案です。
常に【公益・公の秩序】となっています。つまり、公とは、自分たち権力側の観点でしか、ものを言っていない、という訳です。
そこには個人の人権を尊重するという、近代憲法が備えている「個人として尊重される」という文言を、「人として」に変えています。「人として」なんて当たり前な。「個人」と、敢えて言わない意図を感じます。

そして「公共の福祉」とはなんぞや?と一般受けしない、或いはピンとこない文言を微妙に変えて「公益・公の秩序」などと権力者側の管理にすり替えて、お前らには分かるまい、という国民を馬鹿にした、そんな姑息な思惑も透けて見えてきます。しかも、自由及び権利には責任と義務を負うことを自覚せよ、と上から目線で規定しています。

近代憲法である日本国憲法。
そこを意図的に権力側が国民の人権を無視し、規定や義務・責任を押し付けようという自民党の改悪案だという事です。ありていに言えば、大日本帝国憲法に戻そうという事かもしれません。自民党が戦勝国による押し付けられた憲法だと言いますが、今度は自民党が国民に押し付ける憲法だといえないでしょうか。当然こんな改憲案を出す政治勢力に賛同する訳には参りません。

この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力により、保持されなければならない。』と規定されているのですから、国民は不断の努力を示さねばなりません。

 

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コメント

へんせいふうさん、こんばんは
国民が政府を管理するのが憲法であって、自民党の憲法草案は政府が国を管理するものです。
時代錯誤も甚だしいし、憲法が何たるかが分かっていません。
こんな輩が過半数で自分たち権力者の都合の良いように変えるなんて、許せません。

愛てんぐさん、コメントありがとうございます。

当然です、こんな連中に好き放題させるために、憲法を改悪するなんて許せるわけがありません。
そうなった、その時はニッポン終了です。おさらばするに限りますよ。

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