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2013年1月29日 (火)

体罰行為があるのは特定の学校だけではない、というきわめてあたり前のこと。

NHK

高校駅伝の強豪校として知られる愛知県立豊川工業高校の陸上部の監督を務める男性教諭が部員に体罰を繰り返していた問題で、この教諭が4年前に当時の部員への体罰を保護者から指摘され、「行き過ぎた指導を行わない」とする誓約書を校長に提出していたことが分かりました。

この問題は、豊川工業高校の陸上部の監督を務める50歳の男性教諭が、男子部員の顔を両手でたたいて軽いけがを負わせるなど去年1年間で12件の体罰を繰り返していたものです。
学校などによりますと、教諭は「部活動の指導の一環で体罰という認識はない」と話しているということですが、この教諭が、4年前にも当時の部員の父親から「子どもが体罰を受けている」と指摘を受け、「2度と行き過ぎた指導を行わない」とする誓約書を校長に提出していたことが学校への取材で分かりました。

この工業高校は、2004年の全国高校駅伝大会で準優勝しているそうです。
つい最近行われた大会で優勝した「豊川高校」は私立校で、通称はそれぞれ「工業」と「川高」と地元では言われているそうです。まったく別の学校だそうで、門外漢である私は混同してしまい、報道を見た時、優勝校が体罰問題で揺れているのか、と勘違いしてしまいました。

ところで、二度と行き過ぎた体罰を行わない、という誓約書を提出しておきながら、この教諭はわずか半年後に別の生徒をデッキブラシで殴るという、酷い暴力行為をしているのだそうです。平手のビンタなら良くてデッキブラシが悪い、ということではありませんが、その物理的暴力性は「物を使って」殴るほうが、遥かに高くて危険であることには変わりがありません。一歩間違えば重い障害を負うかもしれませんし、死に至ることがあるかもしれない、とんでもない行為であることに異論はないでしょう。

傷害罪で起訴されても仕方がない事案です。当該教諭の処分と、学校側の責任を問う必要があることは勿論、第三者の検証などが必要になってくるでしょう。そして二度と体罰による指導などをおこなわないという反省と今後の取り組みが問われることでしょう。

さて、大阪の桜宮高校の体罰による自殺事件といい、この件といい、体罰がここのところ大きな社会問題に発展しているようです。
私がよく批判する、大阪・橋下市長の発言で、桜宮高校問題の方がネットでは話題が沸騰しているようです。人が死んだということは、かなり衝撃的ではありますが、この豊川工業高の問題も深刻な問題だと言えます。
ところが橋下絡みだと大きな関心を呼ぶが、それ以外だとそうではない、ということならば、それこそ橋下の思うつぼだと思うのです。橋下がセンセーショナルな話題を提供することによって、さらにその存在が大きくクローズアップされているように感じます。

拙ブログも何度か記事に致しましたが、桜宮高校の「体罰問題」はその後も各方面に波及しています。在校生が記者会見を開き発言したことで、さらに尾木ママなどという教育評論家がそれらの生徒たちを批判。「誰かに言わされている」などと言うに至っては、さらに、混乱に拍車がかかっているようです。冒頭の記事の高校でも、橋下に言わせると、とんでもない高校で、当然その措置とすれば、入試中止しなければいけないのでしょう。
まさか、人が死んでいないので、そこまではしない、などと言うつもりではないでしょうね。

私は前の記事でも書きましたが、体罰などは論外であるということ。そして二度とそのような行為を行うべきではないと、自分の体験も交えてコメント欄でも述べました。自殺した生徒は勿論、在校生も被害者側であるという点。それは外せない要件だと思うのです。
在校生の中には実際体罰を容認している生徒もいるかもしれませんし、保護者の中にもひょっとして、自殺した生徒を悪くいう人間もいるかもしれません。だがしかし、それをもってして、その高校の「伝統や誇り」などを記者会見で言う生徒達は「過去の反省もしない自己正当化」などと批判する人の神経を疑うのです。なぜ、体罰問題で揺れる在校生がそんな、いわれのない批判されなければいけないのか。私の悪い頭では理解不能です。

そして、感じることは、人は自分が属する団体や組織に、なにかしら親和すると思うのです。その意識に多少の違いこそあれ、誰しもが持つ感覚だと思うのですけれども。
ですから、在校生の発言が「自己正当」になるのは当然ではないでしょうか。いやそれでも、違う、というならば。ただの高校生に、未成年に、そこまで求めるのはいささか酷ではないかと思うのですが。

仮に、今回のケースが同級生によるいじめで自殺したならば、生徒たちにも責任はあるでしょうが、今回は、教師による体罰が自殺の原因だとされているのです。責任の軽重でいえば、今度も見て見ぬふりをしてきた生徒にも責任がある、という向きがあるようです。はたして、そんなことが言える雰囲気なのかどうか。実際にその現場で、体罰による抑圧がなされている生徒などが、学校という一種隔絶された空間で発言できるものなのでしょうか。

そんなことを言うのは、自分が属する会社や組織でなにか問題があった場合でも、声を大にして言える人なのでしょう。
残念ながら、そんな立派で強い人ばかりではないのが現実ではないのでしょうか。生徒が出来ることは、せめて保護者に訴えることぐらいでしょう。

そのうえで、高校入試中止を言う橋下の強権的発言と態度に我慢がならない、というだけです。ましてや、体育科を「普通科」に看板を掛け変えても、入試を行うことが「素晴らしい決定だ」と自分の言い分が通ったことにだけ同意を示す、橋下という姑息な行政の長こそを、批判するべきであると言えます。

こないだの記事<http://good-hiro1.cocolog-nifty.com/blog/2013/01/post-18d3.html>に、コメントをよこしてきた人がいます。「暴力に毅然と立ち向かう」橋下は支持します、と言うに至っては、なんともはや、と言うのが精一杯です。
体罰反対は結構だけれど、それを防ぐ手立ての最初の一歩が、なんで「入試中止」という措置なんだよ。
それで、体罰を防げるのなら、上記の報道にもあるように、大阪の公立高校だけの入試を中止するだけでいいのかい?
何度も言うように、橋下やそれに賛同するヤカラの論理だと、全国の高校の入試を直ちに中止すればいいだけの話です。そんな単純な問題かよ?と思う訳です。

そんな、上から目線の単細胞が、橋下の言質に賛同して、精一杯喚いてろ、ということです。

今回の桜宮高校のケースで、在校生が自己を正当化しようが、過去のOBたちがなにかをネットで発言しようが、それらを取り上げて「セカンドレイプ集団」などと、十把一絡げに断じる全体主義的発想と、その教条的物言いにはまったく賛同できません。
人それぞれ意見が違うのは当たり前ですし、そういった意見もあるのだ、という認識は持ちました。けれども、私とはどこまでいっても平行線でしょう。なめぴょんさんよ、サイナラ(もう二度と来ないだろうけどよ)。

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コメント

「なんで人を殴るのか」と問えば、「態度が悪いからだ」と答える。
相手が服従の態度を示さないところが、気に入らないのであろう。
当人は、やけっぱちになっている。

日本語には、階称 (言葉づかい) というものがある。
上と見るか、下と見るかの判断を迫る日本語を使えば、モノの上下に関する判断は常について回る。
この上下感が日本人の判断を狂わせている。

「下におれ、下におれ」の掛け声は、昔から続いた為政者の要求である。
理屈はない。ただ、指導者の要求のみがある。
世俗の上下制度が唯一の頼りとなっている。
「がんばって」の掛け声のようなものか。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://3379tera.blog.ocn.ne.jp/blog/

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