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2012年10月12日 (金)

【ハシモト】コロコロ変わる「シュチョウ」が関与するのが、がばなんすか?

以下は橋下徹のツイートの一部をコピーしました。

BLOGOS 橋下徹 10月12日のツイート

戦前の軍国主義の反省のもとに作られた日本の教育委員会制度。戦後ある程度の期間は、うまく機能していたのかもしれない。しかし時代はどんどん変わる。政治=権力=有権者の感覚とは別という固定観念で、教育から政治を完全に排除した。ゆえに教育現場は治外法権と化した。

教育委員会は、非常勤で全く機能せず。巨大な教育行政組織を動かすことなどできない。こうして、政治の関与が全く及ばない世界となってしまった。それは保護者の感覚も及びにくい世界となってしまった。今の教育行政の現場は、保護者の感覚から相当かい離しているところが散見される。

政治は保護者、有権者の代表でもある。教育行政を保護者主体に持っていくなら、まずファーストステップとして、今の教育行政に保護者の感覚が注入される仕組みにしなければならない。それが首長の一定の関与である。これは大方針を示す、すなわちガバナンスであり、個別のマネジメントではない。

そしてゆくゆくは、学校が自立的に運営されるような仕組みにしていくべきだ。もちろん、大きな方針は、首長が示す必要があるが。学校方針がコロコロ変わるなんて言う机上の空論的批判はもう良い。大きな方針に乗っている限り、個別の方針がある程度変わるのは当たり前。

いずれにせよ、今の日本の教育委員会制度は絶対に正しい!首長の一定の関与は不当な政治介入だ!という論理は、何も生まない現状維持の論。現在の教育委員会制度を廃止し、一から理想の教育行政を作る必要がある。つぎはぎだらけの制度改正はもう止めるべきだ。

ウヨクは教育に手をツッコんでくる、と書いたことがありますが、サヨクもツッコんできますがね。まあ権力側が、都合の良い国民に仕立て上げたい、という願望は、どのイデオロギーだろうと、そんなに変わらないものだと言えますでしょうか。つまり、愛国心だとか国家を敬う心などというモノを養い、どこまでも国家に忠誠を誓う人間をつくりだしたいのでしょう。

その先に国民に負担を強いる政策であろうが、ご無理ごもっとも、唯々諾々と従順に従う国民が為政者にとっての最高の存在ではなかろうか、と思う訳ですね。その究極の負担を強いる政策が「戦争」だったりするんですが。自民党の安倍晋三が教育基本法を改悪しましたが、これなど、「個人として」の成長をするために教育があるはずだったのに、先ず国家ありきの発想の教育指針が何を目指しているかは簡単に想像できますわね。
ですが、いかんせん想像力が働かない人々が多くて、この先思いやられるという心配が。身捨つるほどの国家は・・無いのです。

上記のハシモトのツイにありますように、戦前の軍国教育の反省のもとに、政治が教育にむやみに介入するのを防ぐ意味で、教育委員会制度が出来たというのはその通りです。が、橋下の言い分はこうです。

>まずファーストステップとして、今の教育行政に保護者の感覚が注入される仕組みにしなければならない。今の教育行政に保護者の感覚が注入される仕組みにしなければならない。それが首長の一定の関与である。

>政治=権力=有権者の感覚とは別という固定観念で、教育から政治を完全に排除した。ゆえに教育現場は治外法権と化した。

教育現場が治外法権と化したのかどうはどうでしょう。いじめ問題や多くの問題を抱えているのは事実ですが、かと言って「治外法権」だ、というのは橋下の被害妄想だと思いますね。

とどのつまり、首長も「保護者」と言えるので関与しても構わない、という論理のようです。でもですね、自分の政党に対しても拒否権をテメエに付与し、自分と違う考えの人を排除しようなどという、『独裁者』気取りの政治家が不当な介入をしてこない、というのはあまりにも能天気ではないかと思いますがね。もっと言えば、徴兵制をとなえたり、核武装を主張する安倍晋三や、橋下みたいな政治家や首長が保護者の代表だということ自体が恐ろしいのです。そんなヤカラが教育に関与してくることが、問題だとは思っていないようです。

ゆえに、ハシモトやアベみたいな連中が関与するのが駄目なんで、教育委員会制度が出来たんでしょう?と、初めに戻る、みたいな話になるのです。

総理大臣が一年交代でコロコロ変わる現在のニッポンで、その都度、教育行政の「大方針に乗っている」とは言い難いのですね。なんですか、ゆとり教育を経て今は「脱ゆとり」だとかで、それは大方針がブレていないと言えるですかね。しかも自分を批判してきた人に対しては矛盾していると「便所の落書き」と断じているのですが、私に言わせると、このツイートが便所の落書きみたいのものですね。

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