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2011年3月 5日 (土)

土曜日の素敵

ガキの頃、土曜日の学校は4時間目でお終いだった。今のクソガキども・・いや、お子様方は週休二日制で土曜日は休みだけれど。
休みじゃなくても当時の私は、大嫌いな給食を食べなくてもよい日、という朝から全面的にウキウキ気分だった記憶がある。

なに、そのころの給食というものはあなた。そりゃ酷いもので。これを言うと歳がバレるけれど、小学校に入学した頃はなんと言ってもあの悪名高い「脱脂粉乳」がアルミの容器に入って、デーンと鎮座ましていて。
マーガリン付きコッペパンと、野菜の阿鼻叫喚大鍋煮込み風オカズと相まって、今の子どもは恐らく一口も食べないだろな、という代物だった。

飲んだことがない人には分からないだろうけれど、今でも時々脱脂粉乳のあの特有の匂いと味が甦るほどだ。その後高学年になるにつれて給食事情も若干の改善策が練られたようで、少しましな食べ物になって行った。牛乳も瓶詰から三角パックになったりした。

担任の女性教師が完食しないと昼休みをくれなかった。一度などニンジンの大きなヘタが入っていて、それも食べろというのには参った。口に放り込んだまま、教室を出て校舎の影で吐き出したことがある。

それはともかく。
高学年になった頃。そんな訳で土曜日は給食の呪縛から放免される。授業が終わると一目散に家へ帰る。両親が共働きで、誰も居ない家で朝の残り物の冷やご飯とチキンラーメンか何かを作って食べた。今から考えるとそっちの方が粗末な気がするが。

その後はテレビにかじり付くのが、当時ガキだった私の一番のお楽しみだった。関西・近畿に住んでいる人間は恐らく多くの人が、テレビで「吉本新喜劇」の洗礼を必ず受ける。土曜日には吉本新喜劇が4チャンネルと6チャンネル(アナログチャンネル)で競うように流されていた記憶がある。今は私も吉本新喜劇を見なくなって久しいが、当時の「ヨシモト」は一番のお笑い番組だった。

当時は、オクメの八ちゃんこと「えげつなー」の岡八郎さんや、とぼけた味わいの花紀京さんが主役を張る舞台だった。私は横山エンタツさん(昭和の香り高い芸名ですな)を父に持つ花紀京さんのオトボケが好きだった。彼の十八番は建設作業員的浮浪者風の怪しいオッサン、というパターンが多かった。

多くの舞台の始まりは、そのオッサンがメシ屋でうどんを食べた。が、金が無いので「ここで働かせて下さい」というものだ。それに絡んでくるメシ屋の店主が原哲男さんである。

花紀京:あら?これまた珍しい。カバがしゃべってはるわ。

原哲男:だれがカバやねん!

もうお馴染みのネタで、誰もが知っている黄金のパターンだ。だがこれで必ず爆笑を取るのだ。金が無いんじゃ、仕方がない。働いてもらおうか。となる。

原哲男:ウチは(2)の付く日が休みやからな。

花紀京:えっ?!そんなに休みをくれはるんでっか。

原哲男:うん?、なんでやねん。

花紀京:2日でっしゃろ。・・12日。

原哲男:うんそうや。

花紀京:20日。21・22・23・24・25・26・27・28日・・。

原哲男:あほか。そんな休みが多くてどないすんねん。

まあ、これを文章で書く無理があるのだが、このやりとりの「息と間(いきとま)」というものを関西のガキどもは自然と学んでいくのだ。今でもこのネタを覚えているくらいだ。
「だれがカバやねん」の原さんという人は花紀さんと組んだ時が一番おもしろかったように思う。

親が帰宅するまでの5・6時間、テレビの前で悶絶しながら部屋をゴロゴロするのが一番のお楽しみ。

余談だが、その後「だれがカバやねんロックンロールショー」というバンドも出来たようだ。まあ、このようにして、関西のガキは醸成されていくのだ。

そんな思い出話を土曜日に書いてみただけのことですがね。

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コメント

13:00 朝日放送 吉本新喜劇
14:00 毎日放送 モーレツしごき教室
15:00 毎日放送 爆笑寄席
70年代の「赤土」と呼ばれる謎の空き地で野球をやらない土曜日の午後はこうして過ぎていきました。
もちろん花紀京と岡八郎と原哲男も現役バリバリでしたが、わたくしにとっての新喜劇はまだ20代だった寛平と木村進です。

新喜劇もすっかり見なくなりましたが、当時から現在も活躍してる末成由美の

こんにち は (ha)

は素晴らしいです。
出どころがまったくわからない、誰の影響も受けていない、誰も言おうと思いつかなかった、ワンアンドオンリーのギャグです。スマップよりも世界に一つだけの花。
天才だと思います。

私の故郷は京都なので、小さい頃吉本新喜劇は毎週必見の番組でした。
岡八郎なんかも面白かったが、私にとって一番印象的なのは平参平かな。
岡、平、花紀などのころが新喜劇のピークかな。

なめぴょんさん

土曜の午後はこうして過ごしましたよね。この空気感は関西人の共有空間みたいな(笑)。
・・で、なめぴょんさんは寛平・進でしたか。寛平ちゃんも面白かったですが、私自身の嗜好が変わってい行く時期でしたね。ところで、末成由美って「ごめんやして、おくれやっしゃー」のオバハンですか?新しいギャグを開発していたんですね(笑)。なめぴょんさんの評価が高いですね。
「こんにち ha」ですか?聞いたことがないなあ。ホント最近見てないので。いやあ、関西ローカルやわぁ。ヨシモト芸人も生き残るために、端役でも必ず出ギャグを持つ必要があるんでしたよね。

kabumasaさん

京都には京都花月がありましたよね。
平参平さんですね「アーホー」でしたか(笑)、急に足の調子が悪くなって、引きずりながら最後にひざを叩いてポンと、誰かの股間を直撃するお馴染みのネタですが、偉大なマンネリというか、予定調和のお笑いで、分かっていても悔しいけれど笑ってしまうという、そんなことでしたねえ。

全然話が見えません(笑)。それはさておき、土曜午後といえば私が子供時代を過ごした沖縄では、沖縄の役者が演じる新喜劇風の多人数芝居=コントの中継番組を放送していました。これが出演者全員、ネイティブな沖縄方言で喋るので、内容がちんぷんかぷんなのです。会場に笑いが起きると、「ああ、いま何か面白いことを言ったのだな」と分る程度。

もちろん私を含め子供たちも方言を喋っていましたが、単語はさすがに標準語。アイヌ語や琉球弁は単語までまったく別物なので、東北や九州地方の方言などと違って、若年層には何を言っているのかサッパリ分らないのです。沖縄生まれの友人ですら、「自分のオジイとオバアの会話は何を言ってるのか分らない」と言っていました。

と、強引にコメントしてみましたよ。

やきとりさん

二日酔いのところ、強引にコメントありがとうございます(笑)。
関西ローカルな話題で申し訳ありません。これでもまだまだメジャーな方の部類ですよ。もうひとつのお笑い「道頓堀アワー」などと、松竹系の過去のお笑い芸人の話題になると、それはもうオタクを通り越してカルトの部類になるので自粛いたしましたのよ、奥様。

ところで、沖縄のネイティブは分からないでしょうね。世代間でも理解不可能ですか。大阪弁も古い言い方をしていると「今時そんな大阪弁使わへん」と言われてしまうようですから。
まあ、方言はどんどんスポイルされていく運命ですかね。これもテレビの影響でしょうか。

だ・だ・だ・だ・だ・だ・だ・だ・だ・だ・だ・だ・だ・だ・だ・だ・だれがカバやねん♪
ダンシング・よしたかのサイン持ってたんだけどなー、どこ行ったんやら。

ひまださん

子どもの頃からヨシモト嫌いですかあ。
私もひねくれ者ですが、その上をいきますなあ(笑)。

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