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2011年2月18日 (金)

温故知新とはいいますが

ナニゲにテレビ(スカパー)をつけると、90年のモントリオールジャズフェスティバルにおけるライオネル・ハンプトンっていう人のコンサートライブを見た。

馬鹿にされるのを承知で白状するが、音楽に無知な私はまったく知らない人だった。番組説明を見ると世界的なビブラフォン奏者だ、とのこと。自身のビッグバンドを率いてのステージだ。

これがエンターテイメントに徹していてホント楽しいステージですっかり見入ってしまった。しかもジャズに疎い私でもいつか耳にしたことがあるスタンダードばかりですんなり入っていける。

ハンプトン氏は1908年生まれで、この当時82歳だったそうで、ビブラフォンは立って演奏するのがシンドかったのか後半はドラムを演奏していた。だが歌って踊っての精力的なステージは、お歳を考えてもエンターテナーとしてのこだわりを感じた。

この人はドラムの演奏も素晴らしくて、打楽器奏者というのはこいうものかとも思えば、その後調べるとルイ・アームストロングとの共演がきっかけでドラマーからビブラフォンを演奏するようになったとか。アームストロングで有名な曲を演奏していたのもなるほどとうなずける。

Mack The Knife

Sweet Jorge Brown

Sing Sing Sing

It’s a Wonderful World

こう書くととタイトルを知ってました風な、生意気なもの言いだが、一生けんめいメモしました(笑)。でも曲そのものは何度も聴いていて脳裏にこびりついているものばかり。

とくに、“Mack The Knife”なんて曲は何度も聴いているがタイトルを初めて知った(恥)。そういえばこの曲、ウチにあるジャズのオムニバス盤CDに入っていた。この人で有名でしたね。「死体」などが出てくる歌詞なのに、その明るいメロディがアンバランスで印象的です。

エラ・イン・ベルリン完全版(+4)

エラ・フィッツジェラルド  Wikipedia

(引用はじめ)

エラ・フィッツジェラルドは1917年4月にヴァージニア州ニューポート・ニューズに生まれ、ニューヨーク州ヨンカーズで成長した。内縁の関係であった両親は彼女の誕生後間もなく関係を解消している。母はエラを連れて別の男性とニューヨークへ出た後、妹をもうける傍ら、彼女を孤児院に預けた時期もあった。さらに14歳の時には母が心臓発作で死亡し彼女は孤児となった。

境遇の劣悪化にともない、学業への関心は薄れ、やがて売春宿マフィアの下働きをするようになる。警察による補導や少年院送りを繰り返しながら、ホームレス生活をし 辛酸を味わう。

(中略)

晩年のエラは糖尿病により盲目となり、1993年には手術で両足を切断、表舞台から距離を置く。1996年6月15日、カリフォルニア州ビバリーヒルズで死去。亡骸はロサンゼルスにある、イングルウッドの墓地に埋葬された。

(引用ここまで)

こうやって、そのことがきっかけで「ジャズの巨人」たちをいろいろと調べると音楽そのものだけじゃなく、その人となりや「壮絶」という表現が良いのかどうか分からないが、その激しい人生にも思いを馳せる今日この頃だった。

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